子育てが辛い!育児から逃げ出したい!今すぐに解放される魔法

子育てや育児に疲れてしまった・・・

もう限界、逃げ出したい・・・

 

子育てや育児から解放されたいという気持ちは、多くのお母さんが経験されているのではないでしょうか。

 

「それは、一生懸命な証拠です。」

そんなこと言われても、何の解決にもなりません。

 

「子育ては、いつか終わる。」

これは事実。

でも、辛いのは、今。

 

衝動的に、この場から逃げ出したい

というとき、みなさんは、どう対処されていますか?

 

こうしたら、解放された!

自由な気分になって、すっきりした!

 

という、私が実践していた方法をご紹介します。

ご興味がありましたら、参考程度に読んでみてください。

 

子育てが負担になり、苦しい思いをされている、どなたかの参考になりましたら、幸いです。




私は子育てからいつでも解放されたい!(と宣言してみる)

私は、わがままで、自由を好みます。

自分の世界があるので、それを邪魔されると、ストレスを感じます。

完璧主義なところがあり、決めたことができていないと、苛立ちを覚えます。

 

子供が生まれるまで、私は、子供にこんなにも心も時間も拘束されるなんて、考えてもみませんでした。

自分の思い通りにならないことが、立て続けに毎日の生活を支配する育児は、正直恐怖の塊です。

 

相当な辛抱と、根気と、我慢と、覚悟が必要であると、育児をしてみてはじめて知りました。

 

そういう意味で、私は、子育てが苦手です。

 

いつでも解放されたいと、思っています。

 

しかし、一方で、娘のことは大好きです。

生意気だけれど、まだ小さいこの幼児期は、とても可愛くて、一瞬一瞬を見逃したくない、という気持ちも持ち合わせています。

 

お母さんの心は、とても厄介なのです。

 

私は、お母さんになったから、全てを我慢しなくてはいけないとは、決して思いません。

いつもいつも、素晴らしいお母さんでいなくてはいけないなんて、思いません。

 

お母さんだって、元々は子供。

子供を生んだら、その日から急に、お母さんらしく、立派な親らしく、なんて、私にはできませんでした。

(立派なお母さんになる、という自信はあったのですが、子供を生んだその日に、自由がなくなったと、絶望感に苛まれた、最低な母です)

 

私は子育てが苦手!

いつでも解放されたい!

と、認めて、誰かに宣言するだけでも、結構スッキリします。

 

ちなみに私は、夫相手に、頻繁に宣言しています。

 

子供ができても、男の人の生活スタイルは変わらないなんて、ズルい!

と、少しでも思われているのでしたら、我慢しないで、(言い方を考えながら)伝えないと、育児の過酷さを、理解してはもらえることは、ありません。

子育てが辛くても他人や社会(場合によっては夫も)は頼りにならない

「子供は社会が育ててくれる。」

 

「親はなくとも、子は育つ。」

 

そんなこと、まだ誰か、言っていますか?

 

他人も社会も、いざという時には、決して助けてはくれません。

 

子供と接していると、疲れのピークや、イライラのピークが、

あと何日後

あと何時間後

という具合に、予測なんて、できないのです。

 

例えば、子供がその日、一日中機嫌が悪くて、ママがもう限界!っていうピークを夕方に迎えたとします。

あとは、ご飯を食べて、お風呂に入って、寝かしつけるだけ。

今日という一日も、もうすぐ終わる。

よし、もう少し、頑張れる。

 

そんなとき

子:「ママ!ちょっときてー」

夕飯の支度をする手を、止める。

子供のところに駆け寄る。

 

用を済ませて、キッチンに戻る。

子:「ママ!じゃあ、これはー?」

また手を止め、子供に寄り添う。

 

キッチンに再び戻る。

子「あー!ママ!だから、こうじゃなくて!!」

 

もう無理。

生理前でイライラもいつもより増してる・・・

 

そんな時、他人や社会が助けてくれるでしょうか?

 

子育てが限界なのは、

「今、この瞬間」

 

逃げ出したいのは

「今」

 

誰か助けて!って言いたいときは

「今」

なんです。

 

そういうときに、急に子供を預けられる施設って、ありますか?

プロが駆けつけてくれるサービスって、ありますか?

仕事中のパパが、すぐに力になってくれますか?

 

私の経験上、助けが必要なその「瞬間」、誰も駆けつけて助けてはくれません

 

だから、いくら逃げ出したくても、解放されたくても、結局はお母さんが自分で何とかするしか、ないのです。

「大人って、偉そうなことばかり言って、未来を担う子供のお世話をするお母さんたちが困っていても、誰一人、頼りになりませんね」と、いつも、心の中で思っています。




子育てが限界!今すぐに心が解放される魔法

我が家は、同居はしていません。

そして、5歳の娘がひとりです。

 

その前提で、私が普段している「限界の状態から今すぐに、脱出する方法」をご紹介します。

 

限界を感じる要因は、人それぞれだと思います。

私が、「逃げ出したい!」「解放されたい!」「もう限界!」と感じるのは、こんな瞬間です。

 

子供が、自分からした約束を、守らなかった時

 

なぜだかわからないのですが、私は、この時に、一番怒りを覚えます。

とてつもなく大きいストレスを、感じてしまうのです。

 

では、そんなとき、どうするのか、具体的にご紹介します。

方法は、3ステップです。

子育てが限界!その時の感情をそのまま子供に伝えてみる

自分から約束をしたのに、子供が約束を守らないときの我が家の状況です。

 

約束はいつやるのか、促してみます。

子:「今は無理ー!やだー!これやってから!」

しばらく経って、そろそろ行動するように、再度指摘してみます。

子:「待ってー!やっぱりやるのやだー!今日はやめるー!」

 

これで、いとも簡単に、私は限界をむかえます。

「私は今、あなたに言いたいことがあります!」

「今のあなたの状況を、私に当てはめてみます!」

「私には、不満があります!」

 

  • もう、ご飯作るのやだー!
  • お掃除いやだー!
  • お洗濯、したくなーい!
  • 食器洗うの面倒くさーい!
  • お弁当作るのって馬鹿らしい、もうやだー!
  • アイロン自分でやってほしいー!
  • もう、自分の好きなこと以外やりたくなーい!
  • お風呂も誰かと入るの面倒くさーい!
  • もう、全部やめたーい!
  • やだ!やだ!やだー!

 

とにかく、少しでも普段から面倒、嫌だな、と感じていることを、片っ端から並べてみます。

(決して、子供の人格そのものを傷つける発言だけは、避けます)

これは、娘の愛読書ふまんがあります」にヒントを得ています。

 

大抵、娘の場合、

「そんなの、やだ!」

「じゃあ、少しいい子になる!」

ってなります。

そこで少し、態度は改善されます。

 

さっきの約束を、ほんの少しでもいいので、やらせます。

すると、私の気分も、少し改善されます。

でも、まだ終わりません。

私は、気が向かなくなると、本当に晩御飯を作る手を止めます。

 

次のステップは、こうです。

子育てが限界!夫にメールして状況をシェアする

「あなたの娘の教育に時間を取られたので、今日晩御飯は作れませんでした。」

とか、

「今日はあなたの娘のお世話が大変で疲れたので、洗い物はそのままにしてあります。」

という感じのメールを夫に送ります。

 

ご飯くらい、大人ならどうにでもなりますし、そんな時の夫の返信に、大抵は

「りょ」(了解しましたの略)

とか、

「m(__)m」

という文字のみが送られてきます。

決して、文では、ないです。

これは、たいして何も感じていないときの反応です。

 

あまり反応があっても、メールのやり取りに時間が取られたりして、私的には余計疲れるのですが、夫はこのような感じで、受け流してくれるので、ラクです。

 

私は、ひとりで子育てをしている、という意識がそれまで強かったので、「この子はあなたの子供でもある」ということを少しでも感じてほしくて、私達の日常を、ありのまま伝えるようにしてます。

夫と顔を合わせたときに、「何も育児の大変さを理解してくれない」と勝手にプンプンしているより、思ったことをその時にメールでシェアすることだけで、私の気は静まります。

 

ある日は、こんなメールを送る時もあります。

 

「今から、あなたの娘を幼稚園に迎えにいきます。今朝、娘が大変でまだ怒りがおさまりませんが、誰も代わりがいないので、そのあとの習い事にも仕方なく私が連れて行きます。

ストレスマックス。」

 

たったこれだけをメールでシェアするだけでも、ちょこちょこと続けていれば、少しは子育ての過酷さが伝わるのではないかと思っています。

夫は、子育ては私任せ、子供の教育に関しても無関心です。

私が夫に何も言わなければ、子供はいつの間にか、大きくなります。

 

ですが、私は、あなたの子供の育児で、逃げ出したいと思うほど、過酷な日々を送っています。

と少しでも伝えることは、私にとってとても大きな意味を持ちます。

 

以前は、休日は家族で過ごしていましたが、最近では少しでも私一人の時間を作るため、子供を外に連れ出してくれるようになりました。

完璧に実行する

さて、私は、ご飯を作る手を止めました。

今日は、もうやめ!

中途半端に、ではなく、完璧に、全てを一気に手放します

 

本当に、ご飯を作らずに、外食するか、何かを買いに外に出ます。

 

もう、キッチンにたまっている洗い物も今日はやめたので、時間が捻出できました。

 

裏庭で、ご飯食べよう!

家の中で、ピクニックしよう!

ご飯食べたら、散歩行こう!

 

どうしたって、娘同伴にはなるので、そこは割り切ります。

そんなとき、私は、思い切って、自分も子供の頃に戻ります

もう、今からは「母」ではなく、私も自由な「子供」。

 

そんな風に、急だけど、今からはもう、何もやらない!

と決めるだけで、一瞬にして、

「子供がいたって、自由でいいじゃん!」

と、心が解放されます。

 

何なら、

「今日、お風呂どうする?入る?」

「何時に寝る?」

「眠くなるまで起きてていいよ」

と言ってみます。

 

意外と娘は真面目なので、

「お風呂は、さすがに入ろうよー」

「絵本読みたいから、早くお布団行きたいよー」

と、言ってきます。

 

でも、そんな日、娘は決まって

「今日は、最高の一日だったね!」

と言ってくれます。

番外編 音楽で気持ちを切り替える

子育てが辛く、苦しいと感じていた時期、目先のことにばかりに囚われて、私は音楽を聴くということすらも、忘れていました。

 

子育てが少し落ち着いた頃に、「音楽が心を軽く前向きにしてくれることもある」と、やっと気づくことができる心の余裕が生まれました。

 

音楽が聴きたいな・・・と思ったとき、「spotify(スポティファイ)」という、アプリがあることを、知りました。

App Store(アップルストア)で、無料でダウンロードできます。

 

このアプリは、課金をすれば好きな曲を好きなように流せるのですが、無料版ですと、音楽をランダムに流すことしかできません。

 

私は、現在でも無料で使用しているのですが、自分が好んで聴いてこなかった曲も流れてくるので、新鮮な気持ちになることができ、逆にそこが気に入っています。

洗濯物を干しながら流したり、洗い物を片付けながら聴いたりして、気分をリフレッシュしています。

 

以下の2曲も、そんな中出会いました。

特にこの2つの曲は、子育てが辛く苦しいと感じられているお母さんの手助けになるのでは、と思います。

 

今でも私のお気に入りで、娘が6歳になった現在は、よく一緒に歌っています。

 

【かりゆし58「オワリはじまり」歌詞抜粋】

 

「もうすぐ今日が終わる やり残したことはないかい

親友と語り合ったかい 燃えるような恋をしたかい

一生忘れないような出来事に出会えたかい

かけがえのない時間を胸に 刻み込んだかい」

 

「またすぐ明日に変わる 忘れてしまっていないかい

残された日々の短さ 過ぎ行く時の早さを

一生なんて一瞬さ 命を燃やしてるかい

かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい」

私は、外で仕事をしていませんので、娘が幼稚園に入園するまでは、片時も離れず、一緒でした。

「子供の成長って、早いよね」

「あっという間に大きくなるよね」

と、いう会話が、好きではありませんでした。

 

一日という時間を、とてつもなく長く感じていたからです。

明日が来るのが怖くて、また来る朝を、恐れていた時期が、長くありました。

 

産後鬱、ホルモンバランス、体調の悪さなどの影響もあったとは思いますが・・・

 

現在は、この歌詞のように、一生なんて、ほんの一瞬であり、その一瞬の一生の中の、子育てできる時間は、とてつもなく貴重で、かけがえのない時間なんだと、思うことができるようになっています。

 

【平井 大「Slow&Easy」歌詞抜粋】

 

「キミと眺める海は透き通って

太陽はいつもより眩しくて

幸せは「作るもの」じゃなくて

「気づく事」なんだって きっと

なんでもないありふれた朝も

苦しくて眠れない夜も

Always 幸せはここにある」

 

「一人眺める海はせつなくて

太陽はいつもよりさみしくて

過ぎて行く時と風の中で

大切な想いに気づいて

なんでもないありふれた日々を

愛おしく感じるそれだけで

この先どんな事があっても

Always 幸せになれるから」

「早く楽になりたい、早く一人だけの時間が欲しい、早く、幸せになりたい。」

これは、子育てが一番辛いと感じていたときに、毎日毎日、考えていたことです。

 

でも、私は、娘と出会っていなければ、この「ありふれた日常」が、幸せである、ということに、気づかないまま、一生を終えていたと、今は思っています。

 

「実は、幸せである」ことに気づくだけで、子育ても含め、人生は一気に好転します。

あんなに私を辛い思いにさせていた(と勘違いしていた)娘の存在は、今ではなくてはならないものであると、よく思います。

 

私は、娘なくして、幸せには、なれません。

娘なくして、自由な時間が手に入ったとしても、何も幸せでは、ありません。

娘なくして、好きな仕事に戻れたとしても、何の意味も持ちません。

 

詳しく後述したいと思いますが、「幸せ」は、既に、いつも目の前に叶い続けていたのに、私は、何年もの間、間違った解釈で、自分は思うようにならなくて不幸である、と苦しんでいました。

 

ただそれは、子育てから逃げ出したい!という日々を経験していなければ、きっと、気づくことはなかったと思いますし、今でも、不満だらけの人生を歩んでいたと思います。

 

歌でも何でもいいのですが、ふっと楽になれるきっかけは、生きていれば、きっといつか見つかります。

番外編 価値観・人生観を覆す何かに出会う

子育てが辛いと感じていた数年間、私は、それまで大好きだった読書をすることさえ、忘れていました。

 

娘は眠りが浅く、3歳を過ぎるまで、一時間以上眠ったことがありませんでした。

また、お昼寝も生後4ヵ月から全くしなくなっていました。

 

常に睡魔との戦いで、正常な精神を保つことが、難しくなっていました。

 

そのように、心の余裕もありませんでしたが、読書をするという、そもそもまとまった時間をとることが、できていませんでした。

ですが、娘が入園し、少しずつまとまって眠るようになってきた頃、またちょこちょこと、本を読めるようになりました。

 

人と出会い、価値観・人生観が変わることもあるでしょうし、きっかけは人それぞれだとは思います。

私は、本の中にそれを見つけました。

 

毎日娘に読み聞かせる絵本の中から、ヒントを得たり、娘の用事で図書館に行ったついでに、自分用にも本を借りる回数が増えていき、心がふっと軽くなる本にも、出会うようになりました。

 

この本に出会った時、すでに「子育てが辛い!」というピークは過ぎていましたが、とても、衝撃を受けました。

そして、あの(辛かった)頃に出会っていたら、もっと早く楽になれていただろうなと思いましたので、ご紹介させていただきます。

 

こちらの本です☟【さとう みつろう「神さまとのおしゃべり」】

図書館で借りたのですが、その後、自分用に購入しました。

表紙に書かれた、「あなたの常識は、誰かの非常識」という言葉が、大好きです。

 

なぜなら、私は、子育てが辛いと感じていた時期、自分の作り上げた(または大人になる過程で刷り込まれた)「常識」に、執拗なまでにこだわっていたからです。

本当は「常識」なんてないのに、間違った「常識」の中でしか判断できなかったら、ずっと窮屈な思いをしていたのです。

 

スピリチュアルを敬遠される方も、いらっしゃると思います。

しかし、一般に言うスピリチュアル本とは、また少し趣向が異なります。

 

価値観・人生観がぐるりと180°変わり、心がふっと軽くなる方も多いのではないかと思います。

ご興味がありましたら、一度目を通してみてください。




まとめ

私は、子育てが苦手です。

 

子育てが苦手なら、なんで子供を生んだの?と言われてしまいそうですが、

私には、生まれてからしか分からないことが、多過ぎました。

 

上でご紹介した本の中で、「この世の原理原則」について、こう書かれています。

  • その人の現実に、その人が望んでいないことはなに1つとして起こらない
  • この世は全て、その人の望み通り

 

私は、両親に孫の顔を見せることで、親孝行がしたいと、思っていました。

そのためには、結婚をし、子供を生むことが、必要でした。

 

今は、そのどちらも、することができています。

 

娘を妊娠中に、子宮に病気が見つかり、その後、3回の手術、数年間の通院を経験しました。

身体の痛みと、慢性の寝不足で、精神が崩壊しかけていました。

そのため、すぐにでも仕事復帰して、バリバリ働きたい、という思いは、出産後、すぐに打ち消されました。

 

そんな辛い経験さえも、「望んだことだった」のだと、今は理解できます。

  • 体調を崩したから、仕事復帰はできなかったけれど、その分、身体をゆっくりと休めることができている
  • ずっと家にいたからこそ、その時間、娘に愛情を注ぐことが、できている
  • 仕事が好きだと思っていたけれど、時間をかけて考える中で、組織の中で働くということが向いていないと気づくことができている

 

この他にも、できていることを探したら、きりがないほど、既にできていることであふれていたのに、「急に望んでないことばかり起こる人生になった」と、不満を感じ続けていました。

 

子育ては、ひとりでは限界があります。

2人の子供だから、夫婦がお互いに責任を持つのは当たり前。

そう思っています。

 

でも、どうしても、お母さんの負担が大きくなってしまうご家庭が多いのではないでしょうか。

逃げ出したくても、小さな子供を置いて、外に出て行くなんて、私にはできません。

 

そして、誰かが助けてくれるわけでも、ありません。

 

私はワガママで、客観的に見ると、びっくりするくらいどうしようもないお母さんですが、それが私です。

なかなか、人格は変わりません。

 

全てを受け入れて、何とか、私なりに楽しい子育てをしています。

 

子育てが向いている、楽しくて仕方がない、という方もいらっしゃると思います。

ですが、楽しみにしていたけれど、生んでみたら、全然違った、と感じてしまう方も、います。

 

私もそうでした。

 

子供が可愛く思えないときだって、ある。

でも、子育てが辛いなんて、口にできない。

もう、逃げ出してしまいたい。

 

そんな経験をしたからこそ、今まさに、以前の私のような辛い日々を過ごされているお母さんに、何か少しでもお伝えできることがあるのではないかと、思いました。

私達親子の成長の体験が、少しでもどなたかの参考になりましたら、幸いです。

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mii

一児(女の子)の母。子育ては決してうまく行くことばかりではないけれど、この一瞬一瞬は、二度と戻らない。だから、私は娘の「今」「この瞬間」を、味わい尽くしたいと思っています。私達親子の成長の体験が、少しでもどなたかのお役に立てましたら幸いです。

はじめましての方へ

子育ては、決してうまくいくことばかりではないけれど「常に上機嫌で、人生を楽しむコツを教えてくれた。」私は、娘にとって、そんな「人」でありたいと思っています。そして、「この一瞬一瞬は、二度と戻らない。」だから、私は娘の「今」「この瞬間」を、味わい尽くしたいと思っています。そんな私達親子の、これまでと、これから。

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